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亡き父から受け継いだモノ 有限会社元祖仙台駄菓子本舗熊谷屋 熊谷典博 様

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2016,06,28
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男なら、自分の父親がどんな仕事をしているのか?自営業であれば、自分が継ぐ事になるのか?など、一度は考える日が訪れる。父親の会社を継ぐ覚悟を決め、そこへ入社したら必然と「父親が社長」で「一番頼れる上司」となるのだ。 しかし、父親はいつまでも自分のそばにいる訳ではない。社長を勇退したり亡くなったときには、自分が経営者として、残された社員、その家族の為に会社の舵を取る立場となる。「そんな事は覚悟している」と言われるかもしれない。 しかし、それが前触れもなく突然訪れたらどうする?父親に会社の歴史・理念、経営者としてのノウハウなどを聞いておけば良かった。そう感じる者が大半だろう。 元禄8年の創業以来、300年以上に渡り店を構えている仙台駄菓子本舗熊谷屋。そこの10代目である熊谷典博にも、それは突然訪れた。 7年前、当時すでに家業を継ぐ決意をし、社員として「仙台駄菓子」の職人として腕を磨いていた典博だったが、あるイベントの帰りに父親が誤って転倒し、頭部を打ち意識不明の重態。その後も、亡くなるまで意識が戻る事はなかった。 まさに「晴天の霹靂」。闘病中も意識が無い為、経営に関する引継ぎや、会社の歴史なども分からない。 まさに絶体絶命の状況で典博が行ったのが、仙台の郷土史について学ぶ事だった。 そして、そんな中出会ったのが「堤焼の徳利」。 「堤焼」は仙台の堤町で茶道に通じた伊達藩主の器を作る御用窯としてはじまり、後にその窯元が庶民のために作った生活雑器をさす。仙台で採れる粘土を用いつくられ、三百年以上の歴史がある。「自宅での晩酌は、堤焼の徳利と御猪口で日本酒を飲むと格別にうまい」と熊谷は言う。歴史ある焼き物で芸術的にも優れているが、生活の中で使ってこそ本来の姿だと思っているそうだ。


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そして、「熊谷典博の一品」として語らずにはいられないモノが、父親から譲り受けた「仙臺箪笥」。 江戸末期から製造されている歴史ある伝統工芸品で、様々な工程と職人の手を経て完成される一品だ。 木の特性を生かした木地作りと、日本が世界に誇る漆塗りの技術、武士の矜持を思わせる重厚な手打ち飾り金具に優れた耐久性とデザインで、永く使い続けられる事が仙臺箪笥の真価だそう。 譲り受けた当時は、現在のように古いモノや歴史に関心がなかったが、歳を重ねるうちに不思議と興味が湧き、気が付けば父と同じことをしていたと気付かされたという。 今では、より多くの人に「仙台の良さを知ってほしい」という思いから、自身のブログは沢山の郷土愛で溢れている。さらに、老舗企業には珍しく、Twitterをいち早く取り入れSNSを活用した事で、様々な年代の人達が店を訪れるようになった。 亡き父から「多くのモノ」を受け継いだ老舗企業の当主は、世代を越えて伝えられてゆくモノの大切さを誰よりも知っている。


社長プロフィール

一橋大学商学部卒業後、岩手県にある菓匠 松栄堂に4年間勤務。3人兄弟の2番目長男として生まれ、幼い頃から家業を継ぐことを意識していた。大学受験のとき、必ず戻ってくることを約束し東京の大学へ進学。老舗の仕事をするうえで仙台の郷土史を学ぶようになり、それから他の人にも知ってもらいたいと思い、ブログで紹介している。お店のブログは菓子やお店の事よりも歴史に関する事柄のほうが多くなり、またたくさんの人に読まれるようになった。

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