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弟のペンで「成功へのトライを決める」 メディカル・ビー・コネクト株式会社 瀬尾 大 様

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2016,07,01
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ルーティーンや験担ぎと聞くと、現在CMなどで、よく目にするラグビー選手が有名だ。 行動や、身につけるモノなど、人それぞれ違いがあるが、「大事な勝負の時」や「心を落ち着かせたい時」など、シチュエーションは違えど、改めて世間の関心を集めている。 メディカル・ビー・コネクト株式会社の代表を務める瀬尾大は、幼い頃から洞察力に長けており、学生時代から周囲の人間観察を行い、人の行動や感情の起伏を自然と分析するなど、厳しい親の機嫌をとる術も心得ていた。 一方、2歳年下の弟は「ああしろ、こうしろ」と厳しい“しつけ”や指導を行う両親や先生の存在に耐え切れず、高校1年生の時に不登校になった。 当時の瀬尾は「学校をサボっているだけなのではないか?」と否定的な見方をしていたという。 しかし、自身が大学生となったある日、「あの頃はなぜ学校に行けないのか?行きたくなくなったのか?自分でも理由が分からずしんどかった」。今になって思えば「兄貴と比べられることへの反抗、同じ道を歩ませようとする親への反発があったのだと思う」。さらに「親から言われていたことが中学くらいまでは役に立ったが、高校からは通用しなくなり、自分はどういう人間で何が出来るのか?」という思いがあったと、弟に当時の苦悩を打ち明けられたのだ。 瀬尾は当時「不登校」を否定的に見ていた自分を恥じ、弟の“この告白”を聞いた事をきっかけに、自分以外の人間が抱く感情や苦しみを理解する事の重要性を、改めて認識したのであった。


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瀬尾に「大きな影響」を与えた弟は、不登校となった半年で学校へ復帰し、専門学校へ進学したのち、卒業後は介護福祉士として障害者施設で働いていたが、40代前半という若さで癌を煩い命を落とした。 お互い就職した後はなかなか会う機会が無く、会社を立ち上げ全国各地を紛争していた時期も重なり、闘病中の弟に会う機会も少なかった事を瀬尾は悔やんだ。 その後、償いと後悔の念に駆られながら、弟の遺品を整理していたとき、一本の「ボールペン」を見つけ、それを「弟の形見」として、何時もスーツの胸ポケットに入れ肌身離さず身に付けている。 しかし、そのボールペンは「大事な契約のサイン」をするときなど使用機会が限られているのだ。 現在、瀬尾は「ストレスチェック」の実施からアフターケアなど、仕事や人間関係などに悩む人を救う事業に全力を注いでいる。 全国各地を駆け回る元ラガーマンは、誰よりも信用できる「パートナー」の絶妙なパスから、今後も「勝負を決めるトライ」を何度も決め続けるだろう。


社長プロフィール

1977年京都府生まれ。大学において、社会心理学、家族心理学、認知心理学、社会病理学を学び、社会環境および家族が個人に与える影響を研究する。卒業後、医療機関や教育機関、民間会社で人材育成や人材マネジメント等のヒューマン・リソース業務に携わり、人という観点からの組織づくりを支援する一方で、各種施設で心の問題を抱えてしまった人たちの社会復帰のための支援を行う。2014年10月メディカル・ビー・コネクト株式会社を設立、代表取締役 就任。

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