第四回宮城開催レポート

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長寿企業のリーダーたちに事業継承の在り方を迫る「THE EXPO〜百年の計~」。福岡、広島、大阪に続き第4回目は宮城での開催となった。「百年を越える長寿企業に学ぶ、事業継続性の秘訣」と題し、トークテーマを4つの切り口に分け、パネルディスカッションが展開された。

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コメンテーターとして、竹鼻純氏、パネリストとして、地元宮城から「仙台伊澤家 勝山酒造株式会社」伊澤平藏会長、「時音の宿 湯主一條(合資会社 一條旅舘)」一條一平代表、愛知から「株式会社まるや八丁味噌」浅井信太郎社長の3名が登壇。長寿企業が多数存在する日本において、百年企業のうちの10%未満が江戸時代創業、さらに1%未満がそれ以前に創業した企業だという。3社とも、その数パーセントに入る創業数百年の長寿企業である。

コメンテーター_竹鼻氏
[コメンテーター] 竹鼻氏
フリーアナウンサー_藤村由紀子
[司会] フリーアナウンサー 藤村由紀子

創業の精神

どのような経緯で会社が創業されたのか。そのルーツを探ることで、創業以来受け継がれている精神が見えてくる。創業元禄年間、仙台伊達家の御用酒屋である勝山酒造が果たしてきた役割に垣間見える精神、理念とは。

勝山酒造_伊澤平藏
[パネリスト] 仙台伊澤家
勝山酒造株式会社 伊澤平藏会長

「私どもは創業当時より、殿様はじめ上層階級の格式ある酒をつくる役目と、当時は腐りやすかった酒を腐らないように指導し、仙台藩の酒税の安定を確保する役目を担ってきました。領内の酒屋から選ばれる『御用酒屋』という立場上、町酒屋とは違う非常に高いレベルを目指してきました。
昭和期に入り、宮城県初の『特定名称酒』という高級酒の製造に特化し、平成には、宮城県で最初の純米蔵を設計することで、常に宮城の酒の模範となり、酒質を全国でもトップクラスに引き上げてきたリーダー的存在だと自負しています。

また、地域の発展にも尽くしてきたので、伊澤家を称えて銅像を建ててもらったり、古くは米騒動の時に、襲われるどころか神社をつくってくれたりということもありました。良い品質、行い、そして地元を大切にするということが商いの姿勢です。」

里人が農作業中に、鎌の先で温泉を掘り当てたことに由来する宮城県白石市にある鎌先温泉。その地で約600年もの時を刻んできた老舗旅館、時音の宿 湯主一條。その「湯主」という言葉には、ある想いが込められていた。

湯主一條_一條代表
[パネリスト] 時音の宿 湯主一條
代表取締役 一條一平

「私ども一條家初代、一條長吉は元々京都の公家で、今川義元の食客でした。桶狭間の戦いで打ち破れ1560年頃にこの地に逃れ、温泉で傷が癒えたことから、弓矢を置いて始めたという形です。
14、15代目あたりから『一條一平』の名を襲名するようになり、私も『達也』から『一平』に戸籍上の名前を変更しました。襲名した瞬間に、一條家の一員として歴史を引き継いだ重みをずっしりと感じたものです。

古い歴史の中で、14~17代目の4人の当主たちはみな、当時の福岡村(現白石市)の村長をやっていたので、温泉業だけでなく地域のことも考える当主でした。お湯の主であり地主であり村長でもあることから『湯主一條』という名前を使っています。自分のことをちゃんとやったうえで地域のことを考える。これが私どもの脈々と繋がってきた精神です。」

愛知県の岡崎城の西、八丁の距離にある八丁村(現八帖町)でつくられていることから名付けられた八丁味噌。古くから旧東海道を南北に挟んで2軒の味噌蔵が存在するという。そのうちの1軒で延元2年(1337年)創業、まるや八丁味噌では、品質とプライドにかけて先人の製法と精神を踏襲している。

まるや八丁味噌_浅井社長
[パネリスト] 株式会社まるや八丁味噌
代表取締役 浅井信太郎

「六尺桶に石をたくさん乗せて熟成させるという伝統製法は、2軒(もう一軒は、株式会社カクキュー八丁味噌)とも同じで今も守られています。互いにライバルではありますが、時には品質を守るうえでパートナーとして手を取り合っています。

精神で参考にしていることがいくつかあります。まずは品質を守ること。第二次世界大戦時の昭和15年、価格等統制令により通常の豆味噌と八丁味噌の値段が同じになりました。私達2社は国の指針に従わず、製造を昭和24年まで一時中止しました。豆味噌ではなく八丁味噌をつくっているというプライドを持っていたからです。次に、従業員を大切にすること。兵役に出た従業員全員に、帰還するまで給料を渡していたと聞きました。大切な従業員が国のために尽くしているからこそ報いるのは当然という姿勢です。それから、『質素倹約』の精神。戦時中の勘定帳と仕込み帳には『質素倹約』と最後に必ず載っています。現在もそれは変わりません。あとは、新製品を極力つくらないこと。それは、従来の商品がベストだと思っているからで、先祖がやってきたことをそのまま引き継ぐということを今日まで続けています。」

二つの決断、二つのターニングポイント

創業からの長い歴史の中で、今に思うターニングポイントとは。まるや八丁味噌では、浅井社長が昔経験したドイツでの生活が、結果として時代を先取りすることになった。

「オーガニックを約30年も前から始めたことです。私は24歳の時にドイツに留学し30歳過ぎに日本へ帰国しましたが、その時に経験したドイツでの家庭生活が大きく影響しています。『質素倹約』、そして『ものに熱中する』精神。オーガニックの味噌づくりに当時は誰も協力してくれず、『外国かぶれ』と言われたものです。今では、世界のベジタリアンやビーガンの方達に私たちの味噌を案内して頂き、アメリカではKosher、ヨーロッパではECOCERTという有機食品認証機関から認証を受けています。随分前から始めていたおかげで現在輸出量も多く、推進役になっていると思います。」

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日本酒需要の最盛期は昭和48年。「お酒はつくれば売れる」という時代は終わりを告げたという。その時にとった勝山酒造の策が、後に宮城県酒のブランドイメージを形成するのに大きな影響を与えた。

「日本酒離れが進んだ時に、宮城県酒造組合会長だった父が差別化しようと、約30年前に宮城の全蔵に参加を働きかけ、『みやぎ・純米酒の県』を宣言し、宮城の酒の高品質化に舵をきりました。これがターニングポイント。当時としては無謀な挑戦でしたが、おかげで今、宮城の『特定名称酒』の比率は9割。日本で一番の高品質酒処となりました。
もう一つは酒造りへの想いを兄弟で共有できたこと。兄弟一丸となって高級酒のジャンルで海外展開も含めて突き進んでいます。社員たちも、自分たちの蔵が、車で言う『フェラーリ』、『レクサス』を目指しているということで、誇りに思っているようです。大きな夢や希望を持つことで、みんながついてきてくれたことが今に繋がっていると思います。」

国の登録有形文化財に登録されるほど趣のある、湯主一條の木造本館。本館は昔、湯治客専用宿だったのだが、次第に湯治客が減少し始めた。そこで、ある人物の提案が功を奏した。

「私の中で一番印象に残っていて忘れられないのは、父の急死による2003年の世代交代です。社長になって一年経ったとき、女将の決断で本館をお洒落な個室料亭にしました。やはり女将である嫁さんというのは他所から貰うものですね。今までにはない新しい発想で、少しずつお客様の数が回復しました。現在では、残念ながら『湯治』というスタイルはなくなりましたが、その後2008年に、建物はそのままに別館をリニューアルし、24部屋の客室に対して24の個室料亭を設けることができました。

あとは東日本大震災。42日間の休業を余儀なくされました。その間、今までお客様が何を湯主一條に求めているのかということを再度見つめ直し、接客の勉強、食材の仕入れルートの確保、必要な設備投資のために時間を費やしました。オープンの広告を出した時は、それまで震災関連の記事ばかりだった新聞も、復興へとだんだん内容が変化していったように私は記憶しています。」

言魂〜心に刻む、言葉と想い〜

心に染み入る言葉とは人それぞれである。親から子、子から孫へと受け継がれた言葉に宿る想いとは。一條代表は、学生の時に親にかけられた言葉の真意を、後に気づいたという。

「『やりたいことをやれ』ということです。それは何でも良いということではなくて、『あなたのことを信じている』という意味で、親や祖父母が後押ししてくれたのだと思います。

あとは『想像=創造』を心掛けています。人間が思ったことは必要な行動をおこすことによって必ず創り出すことができるという意味です。経営者になる前から信念としています。」

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経験が財産となった浅井社長のドイツ留学。当時、両親が留学を快諾したのには、一貫した想いがあった。

「『人間、考えたことは出来る。考え得ないことは出来ない。』ということはよく言われました。留学も自分で考えたからこそ許してくれた。今67歳になりますが、何だって出来ると思っています。その姿勢を息子が継いでくれるといいなと思います。」

伊澤会長は幼少期から、ご先祖様を意識付けられたという。お天道様ならぬご先祖様が見ていると思えば、自然と襟を正すことができるのだそうだ。

「祖父の平勝からは『私利私欲に走るな。』とよく言われました。いわゆる『ノブレス・オブリージュ(財産、権力、社会的地位の保持には責任が伴う)』の精神。ご先祖様が頑張ってくれたうえに自分がある。だからこそ常に謙虚であるべき。ご先祖様が見ていると思うと、常々自分をいさめるという気持ちになるもので、小さいころからしっかり教わっておくと良いですね。

酒づくりに関しては、『想うということが全ての行動の源』という言葉。これは京セラの稲盛和夫さんの言葉で、経営者が強く想うことで実現していくという意味。こうなりたいという終着点を強く想うことで、だんだん道が開けてきた気がします。」

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