加賀の味を支える大野醤油の伝統を受け継ぎつつ、積極的に商品を展開する8代目社長の醤油文化と事業の承継に向けた想い

直源醤油株式会社
代表取締役社長
直江潤一郎

私を東京へ出す日、祖父は涙ながらに商売を語っていた

 銚子、野田、龍野、小豆島と並ぶ醤油の五大産地のひとつ、金沢市大野地区。市の中心部から北西に車で約20分ほどの海沿いに位置するこの町では、半径約500mほどの範囲に今もなんと20軒ほどの醤油醸造会社がひしめいている。木造の蔵や民家が今もあちこちに残る趣のある街並みは、まるでひと昔前にタイムスリップしたかのようなノスタルジックな雰囲気に溢れている。
 この地区で醤油づくりが始まったのは、江戸時代初期の元和年間。この地の商人だった直江屋伊兵衛という人物が紀州から醸造技術を持ち帰ったのが始まりとされる。その後は加賀藩の庇護のもと、最盛期には60もの醤油屋が軒を連ねていたと言われている。
 この大野の地で文政8(1825)年に創業した直源醤油は、直江屋伊兵衛の流れを汲む由緒ある醸造会社。金沢市の重要文化財に指定されている母屋は明治初期に建てられたものだ。加賀料理に欠かせない大野醤油の味の継承に貢献しつつ、8代目にあたる現社長・直江潤一郎氏のアイディア力のもと、醤油醸造の技術を活かした新しい商品の開発にも積極的に取り組んでいる。

「私が子供の頃はまだ古い木造の工場で、木樽が並んでいて薄暗くて、従業員の人達が常に行ったり来たりしている、そういう中で育ちました。子供としては決していいイメージではなかったですね。
明治41年生まれの祖父は、未来の跡取りになるであろう私をずいぶんかわいがってくれましてね。小学生の頃から“勉強なんてせんでええ、とにかく家に帰って来い”と言われていました。あんまり賢くなって勉学に長けると醤油屋を継がないのではないかという心配があったんでしょうね。その後、家業を継ぐことを見据え東京農業大学に入学しましたが、東京に経つ日、祖父が涙ながらに商売のことを私に語っていました。」

醤油は食材を引き立たせる裏方、日々の生活もそのようにあれ

そんな祖父や父から学んだのは、“質素倹約”という教えだったという。

「派手なことをしてはいかんということをよく言われました。半切り(寿司桶)で食べんでも、茶わんで一膳食べられればそれでいいんやと。醤油はもともと主役ではなく食材を引き立てるための裏方ですから、生活も日々そのようにしなさいという教えだったのだと思います。」

 大学を卒業後、酒類の製造販売メーカーに就職。バブル期真っ只中の時代に主に営業畑で8年ほど活躍したあと、30歳の時に家業へ戻った。

「父が、“早く戻って跡を継いで欲しい”ということを言い始めたのがきっかけです。私も長いことよそにいるより早く戻るべきと思っていましたし、もう少し早くてもよかったかなと今では思います。
 うちはお陰様で地元ではある程度のシェアを頂いていましたから、正直、のんびり醤油だけ作っていれば商売が続けていけるかなという気持ちがあったんです。しかし、入って驚きました。会社の仕組みや設備など、あらゆる面で“このままではだめだ、変えていかなければ”と思いました。
しかし一方では、醤油というベースがしっかりあるぶん、いろんなことができるなと前向きな気持ちにもなりました。よく“老舗は革新の連続である”と言いますけど、今がまさにそういう時期なのではと感じ、自ら白衣を着て開発に取り組みました。」

アッパーゾーン向けの高級醤油がいまや会社の看板商品に

醤油の消費が全国的に減る傾向にある中、百貨店やスーパーマーケットでの展開を目指して新商品を開発し、金沢というブランドイメージを背景に首都圏の催事にも参加。開発も売り込みも、どちらも先頭に立って行動したという。

「もともとうちは問屋さんに品物を渡せばあとは全部やってくれるという商売方法で成り立っていましたし、今でもそのウエイトは大きいのですが、生産者の顔が見える商品が求められる時代になり、自分でエンドのお客さんにまで売りに行かなければいけないと考えました。その思いのひとつとして2002年に作ったのが、本社併設の直売店です。
製造ラインや衛生面も手直しし、商品は一気に増えましたね。当初は売上の85%ぐらいが醤油だったのですが、今では約半分。あとの半分はドレッシングなどの加工商品です。」

2013年3月に社長に就任したあとも、積極的な商品展開は続いている。その中で、いまや看板商品ともなっているのが“もろみの雫”である。

「それまではいわゆる量販用の醤油しかなく、アッパーゾーン向けの醤油がありませんでした。しかし、運よく地元の大豆が手に入るという話があって、それなら地元産丸大豆を100%使ったピュアでお醤油らしい醤油を、しかも無添加で作ろうということで開発した商品です。
地方の醤油屋というのは、地域の食文化を支える存在です。加賀の産物は、やはり加賀の土地の醤油で味付けをすることで味が引き立つもの。“直源さんの醤油でないといい味が出ない”と言って頂くのは、うちの醤油が土地に合っている醤油だからだと思います。その意味で、地元の原料にこだわったもろみの雫はまさに加賀らしい、大野らしい醤油になっていると思います。2013年には、もろみの雫をパウダー状に仕立てた“シーズニングソイソルト”も発売し、こちらもご好評を頂いています。」

醤油屋を土台に、新しい発想で商売をやってくれればいい

1人あたりの醤油の消費量は、年間100mlずつ減っていると言われる。時代が変わり伝統ある食品産業にもさまざま逆風が吹く中、直江社長はこの先の事業とその承継をどう考えているのだろうか。

「これからは人口減少の時代ですから、大野に軸足を置きつつ地球単位で物事を考えていかないといけないと思っています。アメリカでも今や醤油はなくてはならないものですし、醤油を中心とした日本の食文化の発信は、まだまだ伸びしろがある取り組みだと思っています。
もうひとつは、お客様のニーズに合わせたきめの細かい商品展開です。例えば高齢者の方向けであれば塩分を抑え、そのぶんをだしで補うなど、それぞれのお客様に合わせて細かく商品を作る必要があるでしょうね。
会社は高校3年になる長男にいずれ継いでもらいたいと思いますし、本人も継ぐ意識は持っているようですが、これから人生いろんな刺激もあるでしょうし、地味な世界ですから、私の思うようにいくかはわかりません。しかし、これまでのやり方にとらわれず、醤油屋ではあるけれども、それを土台として新しい発想で商売をやってくれればいいと思っています。」

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