塩の道沿いの静かな町で受け継がれる美酒は、小さな経営改革の積み重ねで守られている

関谷醸造株式会社
代表取締役
関谷 健

“継ぎたくなければ継がなくてもいい”と父は言っていた

豊橋市から国道257号線を北東へ車で約1時間半。この道はかつて伊奈街道と呼ばれ、海沿いの豊橋で精製された塩を内陸の信州へと運ぶ“塩の道”として整備された。現在の設楽町の中心部は、その道を往来する商人や旅人に向けた旅籠が並ぶ“田口宿”として栄えた場所。関谷醸造は、その街道沿いに蔵を構え今年で創業154年を数える歴史ある酒蔵である。
国道の拡幅によりかつての街道の面影は今は失われてしまったが、現在7代目の当主として手腕を振るう関谷健社長は、まだ往時の雰囲気を残していた子供の頃の街並みの風景を今もかすかに憶えているという。

「小学生の頃はまだ道路を拡張する前。この辺一帯にはまだ宿屋が並んでいて、うちも昔の建物がまだ残っていました。店舗、事務所、僕ら家族の居住スペースはもちろん、蔵人たちがご飯を食べる土間のような空間。また昔は丁稚奉公のような住み込みの人たちもいたようで、そういう人たちが寝泊まりをする部屋。女中さんや炊き出しを手伝ってくれる人たちの作業部屋。とにかくたくさんの部屋がありました。冬になると新潟あたりから蔵人のみなさんが出稼ぎに来るんですが、このあたりとは言葉がちょっと違って、子供心には不思議な感じでしたね。
そんな環境で家と事務所が隣り合っていましたから、先代である父の仕事を見てはいましたが、父は“継ぎたくなければ継がなくてもいい”ということを言っていたので、後継ぎとしての教育のようなものはなかったですね。高校生の頃に宿題をしながら店番をしたり、酒瓶を運んだり、蔵で酒造りの行程を少し手伝ったり、その程度でした。家訓のようなものもなくて、“和醸良酒”といった言葉をはじめとした企業理念も先代の時に明文化されたものです。」

原料米の製造から卸まで幅広く経験し、家業へ

しかし、高校を出る頃には家業の承継をすでに意識していた関谷社長。東京農業大学農学部の醸造学科へ進学し、卒業後は静岡の肥料会社や兵庫の農業試験場、さらに酒卸の会社でも経験を積んだ。

「大学の卒業論文で“米によって酒質がどう変わるか”というテーマが与えられました。今でこそ米の種類と酒の味の関連性は当然のように知られていますけれど、当時はまだそういう時代ではなかったんです。論文を書いていく中で、米の種類がこれほど酒質に関係するんだということに気づいて、米を作っている農家さんや米そのものを目利きできるようになりたいという思うようになり、まずは肥料の会社で働かせてもらいました。
農業試験場もそうですね。当時、兵庫県産の山田錦は酒米の王様のような存在でしたから、どういうところでどういう人たちが作っているのかを本場で見てみたいという思いがありました。」

そうした経験を重ね、1998年に関谷醸造へ入社。蔵で実際の製造工程に従事し、営業も経験したが、その期間で新たに取り組んだのが、入社前に得た知識や経験を生かした、自社による米作りである。

「2007年にアグリ事業部という専門部署を立ち上げて米作りを始めました。高齢で米作りを引退された地元の農家さんや地主さんから田んぼを貸して頂いて作っています。当初は新聞のチラシなどで田んぼを提供して下さる方を探していましたが、今ではうちが農業をやっていることを地域のみなさんがご存知ですので、ありがたいことに、こちらから案内しなくても休耕田があるというご連絡を頂けるようになってきました。今では約25ヘクタールぐらい、全体の12%ぐらいの米を自社米で賄っています。」

マイナーチェンジを繰り返していくことのほうが大切

米作りのスタートから程なく、2008年に社長を継いだ。就任したことで変えようとしたこと、変えなければいけないと感じた部分はあったのだろうか。

「代替わりしたから何かをいきなり変えようと思ったことはないですね。経営というのは、少しずつ変えていくことの積み重ねだと思っているんです。先代を否定して大きくドーンと変えるのは一見カッコいいですけど、やる必要がなければ失敗につながることだってあるわけで、小さな改革というか、マイナーチェンジを繰り返していくことのほうが大切だと思います。」

そんな中でも、時代に即した改革の意識を関谷社長は決して失ってはいない。今後、どういった展開で事業の成長を考えているのだろうか。

「この先、酒自体の消費量は、微増はしても飛躍的に増えていくことはないと思うんです。そのぶん、農業部門を少しずつ大きくして自社米の比率を引き上げることを考えています。また、オーダーメイド商品や酒造り体験などサービス業に類するような部門は伸びしろがあると思います。それから飲食業態。名古屋に圓谷という店舗を出して5年ぐらい経ちましたが、お陰様で軌道に乗っています。店舗に関しては増やすことが目的ではありませんが、いい物件があればやらない理由はないかなとも思っています。」

どういう承継であっても“関谷の酒は間違いない”と言われるように

先代の社長である父は65歳で一線を退くとかねてより公言し、迷わず世代交代を果たしたという。関谷社長がその年齢になるまで、あと20年近く。今、次代への承継をどのように考えているのだろか。

「子供がまだ未成年ですし、しかも女の子2人なので、具体的に事業承継のプランが出せる状況でもありません。どちらかが結婚して婿養子を取るということもあるかもしれませんが、どうしたらいいかと悩んでいるのが実際のところですね。ただ、業界の中を見ていると、婿養子さんが入られたことでおもしろい取り組みをし、成功されている酒蔵さんもお見受けするので、新しい風、新しい血を入れるということはとてもいいことだと思います。
しかし、結婚観も様々に変化している中、娘が結婚する保証もありませんから、場合によってはM&Aもオプションとして考えなくてはいけないかもしれませんし、社員の中から誰かを立てて、資本と経営の分離のようなことをすることもあり得ると思っています。
しかし、どういう結論になるとしても、“関谷醸造の酒だったら間違いない”と言って頂けるように。そうしたブランド力を作っていくのは当然社員なので、その社員のスキルアップとか、働きやすい環境作りとか仕組み作りとか、そういった部分を常に考えながらやってほしいなと思います。」

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